top of page
  • Koju Ishizumi

英語 Unit5


英語の教科書より


ガンディーは1893年に弁護士として働くために南アフリカに行った。

当時はイギリス支配下にあり多くの差別がありました。


例えば、インド人は自由に夜、外出できなかったり、

歩道を歩くことができなかったのです。

インド人の客を受け入れないホテルもありました。

1906年にイギリスはインド人に対する

不公平な法律をつくりました。

南アフリカにいるインド人は怒り、

その法律の反対に立ち上がりました。

ガンディーは自分達の権利を守るために、

一つの運動を導く決意をしました。


彼のメッセージは


『その法律には従わないが、たとえ逮捕されても暴力を振るうな』


というものでした。やがて刑務所はインド人でいっぱいになり

ガンディー自身がそこに送られました。

ついに、1914年、何年もの多くの努力の末に

その法律は取り除かれました。


非暴力の運動が影響を与えることができることを、示したのです。






ガンディーは1915年にインドに戻りました。

インドもイギリスの植民地であり

当時は、イギリスは塩のためにつくった法律がありました。

その法律によると、イギリス人だけが

塩の製造販売をすることができました。

彼らはそれに重い税金をかけました。

インド人達はとても貧しかったのですが

高価な塩を買わなければいけませんでした。


そのお金はイギリスに流れていたので

ガンディーはそのことを不公平だと思ったのです。

1930年、ガンディーは海まで歩き自分自身で

塩をつくることを決意しました。


78人の支持者とスタートし、途中から何千人もの人たちが参加しました。

約400kmほど歩いた後で、海にたどり着きました。


この非暴力行進は塩の行進と呼ばれ

その行進のニュースは世界中で広がりました。

差別に対抗して戦う新しい方法を人々に示したのです。

ガンディーの平和な戦いはその後も続き

1947年に、インドは独立を勝ち取り、

非暴力抗議はガンディーが残した遺産です。



それは有名な指導者である

マーティン・ルーサーキング・ジュニアやネルソン・マンデラにも

影響を与えました。

閲覧数:40回0件のコメント

最新記事

すべて表示
bottom of page